タイパ,コスパ,そして次は「メンパ」かぁ…

こんにちは、きくおです。

先日、こんな記事のこんな言葉に出会い、
私の頭の中がモヤモヤ、もりもりしてきたので
少し語ってみましたのでお付き合いください。

AIが一般消費者に普及する中、2026年はコスパ、タイパに続く
第3の消費スタイル「メンタルパフォーマンス(メンパ)」が急速に顕在化する。
メンパとは、一言で言えばストレスからの解放だ。
「選択のストレス」、SNSで広がる「失敗を許さない(したくない)心理」、現代人はそうした様々なストレスに晒されている。
そうした心理的負荷の軽減を重視した、AI時代の新たな消費スタイルだ。
メンパは「選択」や「感情」に関する負荷に分けられ、すでにそれらを意識したサービスも出始めている。 
日経xクロストレンドの記事より) 

「メンパ」?!
う~ん、そうかぁ・・・
「選択の負荷」 
「感情の負荷」 
情報の信ぴょう性を確認する「真贋(しんがん)判定の負荷」 

これらの負荷、ストレスは嫌だ、避けたいという心理からなんだよね。
そりゃ、そう。 誰だって負荷は嫌だと思うよね。
それはわかる感じがするけど・・・

でもなぁ・・・
なんか違和感。
それがモヤモヤから もりもり になって来てるわたくし。

そもそもから考えると
タイパ、コスパ、 メンパの「パ」って何だったって考えると
「パフォーマンス」。
パフォーマンスって元々の言葉の意味は  上演 公演 演技 。
ビジネスの世界では 成果 業績 効率 を表すってことだけど。

私が今までこれらの言葉から受けてきた印象で言うと
「損得」って言葉がまず出てくるんですよね。
つまり、「どっちがお得か」とか
「こっちだったら割に合わないな」とかね。

これだけの時間をかけるのは割に合わない
この商品にこの金額を払うのは損だ 
 って言ってるのがタイパ、コスパ。

つまり自分にとっての「損得」を考えての言葉ってこと。

損得を考えちゃいかんっていうことを言いたい訳じゃないけど
全て(多く)の価値観がそこに持っていかれてませんか、
あなた(私たち)は?

ってことを考えてしまうんです、私は。

そしてさらに「メンパ」 とくるとね。
認知、意思決定、感情にかかる負荷が「コスト」みたいな扱いになっていて。
「このストレスコストは割に合わないなぁ…」
「しんどいのは嫌だ」
  ⇩ ⇩
「じゃ~、それは避けようか」「楽な選択にしよ」

と、いうことになるんだと思うんです。
ストレスの多い今の私たちの周りを考えると、
また、子どもたちがさらされているストレスフルな環境のことを考えると、
そうなるのかなぁ

でもね。。。

う~ん…
そういう時代なんですかね。
しかし「そういう時代」って言葉で片づけちゃっていいのかな?

人と人との関係の中で成り立っている私たちの社会。
家族も職場も学校も「人と人との関係」や「協力」の中で出来上がっていて。
大きな力も牙も持たない人類は社会集団を作ることで生存を図り、
長い歴史を生きてきた。
と、いうことは

認知、意思決定、感情にかかる負荷 はずっとあり続けたし、
それを乗り越えてきてこその今があるんだと思うんです。

何でもかんでも「商品」にし、売り買いをしてきた
資本主義社会に生きる私たち。

そこからはすぐに逃れられる訳じゃないけど
自分も「商品」にさせられているということも自覚しつつ、
すぐに「損得」とか「タイムパフォーマンス」とかに
囚われてしまってないかは 常に心を向けたいもんですよね。

※ここまで話していてミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出しました。
 そう、「時間どろぼう」が出てくるあの「モモ」です。

そもそもね、
「子育て」ってタイパもコスパも メンパも全て悪く、
それぞれにとっても負荷が高いものです。

そうですよね。


でもね。
大変だけど、いいんです。 素敵なんですよ~、子育って。
子どもに関わるって。

〇 遠回りしてもいいじゃない。

〇 無駄に見えることにも価値がある。

〇 割に合わないけど やりたいことはやりたい。

〇 みんなでやったら面白い。

ここら辺りに文化の豊かさや社会の発展の基礎があったんじゃないかと
私は何となく思うんですけどねぇ・・・

タイパ・コスパ・メンパ という言葉から
モヤモヤと色々考えさせてもらいました。

きくお[B]でした。